"GOD"ZILLA

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テーマ:ある集団の構成員が多様であるとき、それが単なる烏合の衆であるのと、多様性のメリットを発揮している集団であるのとでは、何が異なると思いますか。たとえば、さまざまな個性をもった人を構成員とする何らかの社会的集団、さまざまな生物種を構成員とする生態系、さまざまな遺伝子を構成員とするわれわれの体などを例としてあげることができますが、具体的な例を自分で探し、集団が多様な構成員からなることのメリットについて考え、その内容を2000字程度で述べなさい。

 

近年、多様性という言葉を様々な場面で耳にする。多様性とは何か?何が多様で何が多様ではないのか?多様であることのメリットとは何か?例を挙げながら考察していきたい。

そもそも多様性という概念は比較的新しいものである。古代、動物と人間は全く別の生き物であった。人間は神に選ばれた特別な生物である、我々人間は傲慢にもそのように考えていた。しかしそれらの意識は、人間とその他の生物が同じ「細胞」というもので構成される生物として括られることで揺らいでしまった。そこで、それぞれの生物種の違いを重要視する動きが起こった。これを多様性と呼ぶのだ。つまり多様性とは単に異なった種類のことではなく、類似性を持ちつつも性質が異なっている事物たちのことを表しているのである。

さて、ならば多様性は何のために生じたのだろうか?神が存在するとして、何を考えて差異を生んだのだろうか?簡単ではないか、生き物すべてが一様だったら。もちろん、神の気まぐれという説もある。しかしそんなものは神のみぞ知る、神に直接聞くことでしか答えを知ることはできない。神は地球の繁栄を願っていると仮定し、シン・ゴジラという映画を例に取りながら、多様性というものについ掘り下げていきたい。

シン・ゴジラは2016年に公開された日本映画である。「ゴジラ」という名の全長333m、体重9.2万tの怪獣が日本に上陸、人類を蹂躙していく。そんなゴジラを打倒するため、もがき苦しむ人類を描いた作品だ。この映画において重要な役割を果たす「内閣」と、ゴジラの対策を考案し実践する「巨大不明生物特設災害対策本部(以後:巨災対)」という二つの組織をそれぞれ「画一的な能力で構成される集団」と、「多種多様な能力で構成される集団」とし、考察を進めていく。

映画の序盤、東京湾に突如現れた巨大生物の対策は内閣が主となって進行する。内閣では会議が開かれるまでの時間は長いが、会議を行っている時間は数分に満たない。ここに単一的な能力で構成される集団のメリット・デメリットが色濃く表れている。同一の能力を持つ人間たちは視野、思考回路などが似通いやすい。同じ視野を持った人間が導き出す案はどれも似たり寄ったりのものであるため余計なストレスは発生せず、結論が出るのもスピーディである。しかし、その結論は非常に狭い視野で問題を捉えたものとなってしまう。一個人の裁量で結論が出されることと大きな違いはないのだ。会議は会議という名のお茶会、単なる儀式となる。そのようなごっこ遊びで結論づけられた案は当然のごとく意味を成さず、激昂したゴジラの放ったビームによって内閣の構成員は一人残らず殉職してしまう。これは「画一的な能力で構成される集団はいずれ滅ぶ」というメッセージと受け取っていいだろう。

映画の中盤から終盤にかけては総殉職した内閣に代わり、多様な能力を有する集団である巨災対の指揮による作戦が実行されていく。彼らは化学、物理学、数学、心理学などの様々な側面から対策を講じ、一つの作戦を打ち立てる。会議は意見のすれ違いによる罵声や怒号が飛び交うヒドいものであった。この会議こそ多様性のメリット・デメリットを象徴するものであろう。多様な構成員からなる集団の会議では、定立と反定立の立場から総合に至るという会議本来の姿、ヘーゲルの唱えた弁証法を意図せず実践しているのだ。反面、意見のぶつかり合いやすれ違いは発生しやすい。しかし彼らは「ゴジラを倒して地球を救う」という確固たる意志を持つ点で類似性を持ち、強く結ばれている。目的は同じ、異なるのはそのアプローチの方法であることを彼ら自身で理解し、それぞれが最大限集団に貢献しようとした結果が、すれ違いや衝突であるのだ。そのような過程を経て生まれた作戦は見事に成功し、ゴジラは倒される。多様性が地球を救ったのだ。

さて、ならば画一的な能力で構成される集団が力を発揮するのはどのような時だろうか?すべての場面で画一性は多様性に劣るのだろうか?

画一性が多様性に優れるケース、それはスタート地点とゴール地点が明白であり、定められた道筋をひたすらに一直線に突き進まなければならない場合である。画一的な能力で構成される集団では、所属する全ての人間が同様の能力を有しているため得手不得手が統一されており、シンプルな作業に於いては最強なのだ。

ここまで例を挙げながら考察してきたが、改めて、多様性のメリットは問題解決能力と結論付けたい。不測の事態が起きた場合において、それを解決する能力を有する人物がいる可能性は、単純に考えて多様性からなる集団が高い。Aという仕事をする作業効率では画一性からなる集団に劣るかもしれない。しかし、突如Bという作業が求められた場合、多様性からなる集団に属するBの専門家が力を発揮する。突如として暗転した道筋に右往左往する画一性からなる集団を横目に、多様性からなる集団はゆっくりと前進を始める。多方面からのアプローチに長けていることが、多様性からなる集団の最大の利点なのだ。

この世で起きる事象において、スタートからゴールまでの正しい道筋が明記されていることは少ない。途中式が、答えが正解だったか、そんなことがわかることもない。また、何の障害もなく前に進むことなど不可能だ。しかし我々が暮らす地球は、幸運にも多様さに満ち溢れている。異なる点を互いに認めながら交流を交わすことで視野が広がり、全く違う世界が見えるようになるかもしれない。各個人がそれぞれの力を発揮することで、我々は前に進んでいける。そのように造られている。