トラウマ

最近嫌なニュースが多い。「惨状に衝撃を受けた」という言葉を見かけた。ふと、昔のことを思い出した。

 

2011年の3月11日、当時俺は小学生だった。算数の授業を受けていたとき、突然地面が大きく揺れた。机の下に潜った俺は友達と「今日の塾はないね!」などと呑気なことを考えていた。

父が仮設住宅の設計を行うことになり、東北に単身赴任となった。俺は軽い気持ちで父について行った。2011年の4月末、ゴールデンウィークのことであった。

父が運転する車の助手席に座り被災地を見て回った。横倒しになったアパート。崩れてグチャグチャになったかつて家だったもの。道端で息絶えた魚。飛び回る蝿。それらが入り混じって放つ悪臭。テレビを通して見ていた現実感のない景色は、実際に目にしても現実感のない光景だった。

唯一違うのは誤魔化しようのない死の匂いだ。道路の奥のひっそりとした区画で綺麗に並べられた小さな土の山。もう使い物にならないであろう散乱した通帳。見える全てのものは「死」というテーマをこの上なくシンプルに描いた作品達だった。

 

何年も前の話だ。しかしあの光景は目に焼き付いている。見たもの、臭い、感じたことの全てを記憶している。逆らえない自然の脅威と死を目にしたあの日、何かが変わった。今も何かは変わったままだ。