『エモい』は『エモくない』

 最近「エモい」という言葉を目にすることが多い。インスタグラムやツイッターなど見かける場所は様々だ。しかしこの言葉は見かける場所の多さより持ちうる意味の種類の多さが問題なのだ。例を挙げて説明していこう。

 最初に俺が「エモい」に疑問を覚えたのは高校の卒業式の日に見かけた数々の投稿であった。卒業式とクラス会を終えて嬉しさと少しの寂しさを胸に帰宅した俺は、同じような気持ちを抱えているであろう仲間たちと感情を共有すべくツイッターを開いた。そこで俺を待ち受けていたのは次のような投稿たちだった。『卒業式!エモかった〜!』『3年間通った校舎ともこれでお別れ…エモエモのエモ…』。衝撃で言葉が出なかった。嬉しさと寂しさとその他諸々の素敵なナニカで溢れる胸の内を、たった三文字で表す「エモい」とはなんたる暴力的な言葉であろうか。「エモエモのエモ」ってなんだよ「ゴムゴムのゴム」って言ってんのと変わんねえじゃねえか何も出ねえぞバカが。

いやしかしよく知りもしない物を否定するのはよくないな、と思い直し「エモい」の意味をネットで検索してみた。曰く『うまく説明できないけど、いい。心が動かされた状態』だそうだ。

頭をガツンと殴られた気分だった。「うまく説明できないけど、いい」という感情を表す言葉の存在が許されていいものか。

言葉にならない感情は確かに存在する。言葉は所詮媒介物だ。「嬉しい」という言葉は「嬉しいという感情」を言語化したに過ぎない、単なるコピーだ。言語化の精度が高くなれば想起させる感情の幅や精度も比例して高くなっていくが、純度100%の感情の尊さには遠く及ばない。しかし、なんとか自分の内に沸き起こった感情にカタチを与えるために、ステキな経験を忘れないように、我々人間は言葉を学んでいるのだ。

そんな言語の海に「エモい」という言葉が水しぶきを上げて突然飛び込んできた。「エモい」は豊かな水で満たされていた感情の海を着実に、確実に吸い上げている。

「エモい」が『言葉にならないもの』を指すのなら言ってしまえばこの世の感情は全て「エモい」で片付けることができるではないか。両親が死んで「エモい」。昔よく遊んでいた公園を見て「エモい」。バンドの新曲を聴いて「エモい」。卒業して「エモい」。何か問題があるだろうか?間違った用法ではないはずだ。

 仮に、仮にである。「エモい」という言葉が示すのが、「嬉しい」や「悲しい」の外にある感情に限定されているとしよう(図1)。

f:id:Miyabi717:20190805210430p:plain

図1

これならば場合によっては許せないこともない。自己の人間としての言語化の能力、適切な言葉を選びぬく判断力、そもそもの知識である語彙力が低いことをしっかりと自覚した上で「私はこの感情を言い表す言葉を知りません。ですから何とぞ『エモい』を使わせていただきたく申し上げます」と泣きながら許しを請うのであれば、の話だが。

しかし現実は違う。それならば彼女の投稿は「卒業式、嬉しくて悲しくて寂しくて、それだけでは言い表せないエモさがあった!」になるはずなのだ。


 なぜこんな言葉が流行ったか。俺はこの原因を読書離れと感情をあらわにすることへの嫌悪感だと断定する。前者は説明不要だとして問題となるのは後者である。

現代人の他者との繋がり方は100年前とは大きく異なる。現実の薄い友情やネットでの繋がりでは感情などという厄介なシロモノは排することが望まれるのだ。その結果、自己の感情をあらわにすることを恥ずかしいと感じる人が増加したのではないか。それが「エモい」という「便利」な言葉の流行につながったのではないか。

例として「嬉しい」と「エモい」との一文を添えた投稿がそれぞれあるとしよう。俺が思うに、邪推の対象となるのは「嬉しい」の投稿である。「エモい」なら誰かに「本当に嬉しかったの?」などと聞かれることはない。なぜなら誰も「エモい」を知らないから。 

 

さて、俺はここに「エモい」という言葉の不快感の本質があると思うのだ。俺が普段目にした「エモい」が表現する感情の範囲は図にすると次のようになる(図2)。

f:id:Miyabi717:20190805205500p:plain

図2


そう驚くなかれ。現代の人間が使う「エモい」が示すのは喜怒哀楽森羅万象の感情なのだ。なぜこの言葉にこれほどの嫌悪感を感じるのか?それは言語の、また使い手の怠慢を感じるからである。

自己の無学を晒していることになぜ気がつかないのだ。『心が動かされた状態』とは具体的に何を示しているのだ。怒りだって喜びだって心が動かされているではないか。

それらの種類分け、整理整頓を怠り、全てを『エモい』という大きな箱にぶち込むのはさぞや愉快な生き方だろう。それを良しとする人間、社会にも腸が煮えくり返る。

 

 しかして俺は思う。「エモい」が誰かの心を動かすことはないと。お前らが大好きな「エモい」は最も「エモい」から遠いものなのだと。

「エモくない?」エモくねえよ1ミリたりともエモくない。下手でいいだろ飾らない言葉で戦おうぜ。いっぱい戦って経験値を貯めりゃいいんだよ楽な道に逃げるな。いつだって人の心を動かすのは剥き出しの感情なんだから。