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爪切りと参与観察 22日目

今日も昨日と変わらないか、それ以下の一日を過ごした。大学生の群れに混じって歩いてみたり、話題のご飯を食べてみたり、フラフラと公園を散歩したり。

爪を切った。十徳ナイフに付いた小さなハサミを使って爪を切るのは何回やっても慣れないもので、今日も30分ほど格闘していた。仕上がりは何ともまあ不恰好なもので、ヤスリを使って整えてようやく及第点となった。次に爪を切る場所はきっと日本の自宅だ。私はワニが死ぬ前日の早朝に帰国する。思えば随分と長いこと旅をしていた気がする。一瞬だったような気もする。まあ振り返りは終わってからでいいや。

 

爪を切っている時にいつも思い出すのは、爪を噛んで千切っていた記憶だ。私が爪噛みを止めたのは高校三年生のことで、当然ながら周りの誰もがとっくに爪噛みからは卒業していた。

きっかけは確か、爪を噛んでいる時にふと我に返って「今の自分はとてつもなくみっともないのではないか」と気づいたことだった。

それからは毎日を頑張った。なにせ相手は17年間かけて体に染み付いた悪癖である。食べる、寝る、爪を噛む。そのレベルまで日常的に繰り返した習慣を封じるのは予想外に大きな労力を必要とした。気づけば口で指を咥えているのだ。慎重に口から指を遠退け、胸を撫で下ろす。たまに甘噛みをして気を紛らわせていた。

そんなギリギリ低空飛行のある日、爪が伸びていることに気付いた。ようやく、「爪切り」ができるのだ。あれほど待ち望んだ「爪切り」が。

十年以上ぶりに使う爪切りハサミの扱いは難しく、仕上がりは控えめに言って噛んだ爪と大差ないリアス式海岸のようなシロモノであった。

それでも私は満足していた。ようやく爪を切ることが出来たのだから。さようなら、17年連れ添った悪癖よ。

 

長い話になってしまった。名残として、私には今でも無意識のうちに爪を甘噛みする癖がある。これは多分一生の友人だ、こんにちは。

 

旅行というより、参与観察に近い生活を送っていると思うのは傲慢だろうか。一つの街にいる間、私はそこの住人のように振舞っている。前の街で結局毎日通った雑貨店の店員さんには「ここに住んでるの?」と聞かれてしまった。

大きく目立つ部分に注目するのは他の方にお任せして、小さな目立たない部分にも目を向ける一つのメディアとして残り少ない日々を過ごしていきたい。少し格好良過ぎただろうか。まあいいや。