石でスープ作る話が好きだった。

石のスープポルトガル語Sopa de pedra

飢えた旅人が集落にたどり着き、民家に食事を求めて立ち寄ったが、食べさせるものはないと断られてしまった。一計を案じた旅人は、路傍のを拾うともう一度民家にかけ合った。「煮るとスープができる不思議な石を持っているのです。鍋と水だけでも貸してください」興味を持った家人は旅人を招き入れた。旅人は石を煮始めると「この石はもう古くなっているので濃いスープになりません。を加えるとよりおいしくなるのですが」と説明した。家人は塩を持ってくる。旅人は同じようにして、小麦野菜を持ってこさせた。できあがったスープは見事な味に仕上がっていて、何も知らない家人は感激してしまった。旅人はスープのできる石を家人に預けると、また旅立っていった。(Wikipediaより引用)

中学生の時に英語の教科書(多分)で知ったこの話が好きだった。高校で習ったはずの瓶に詰めた思い出の話や祈り手の話は消えかけているしなんなら教科書の名前すら忘れたけど、『石のスープ』だけはどこか身体の大事な所に仕舞ったことを覚えている。

冷たい風にびゅーびゅー煽られてのっしのっし脚を動かして歩いてる時は大抵「おいしいスープが飲みてえ〜ゴロゴロのベーコン噛み締めて滲み出る肉汁啜りてえ〜味がしっかり染み込んだホクホクのジャガイモと甘いニンジンとしなしなのタマネギと…」ってマフラーに隠した口で呪詛のように唱えながら毎日歩いてるんですけど、毎度毎度頭に浮かぶイメージは完全に教科書で見た柔らかいタッチのあのページのあの挿絵なんだよな。あんな官能的に描かれたスープは他に無い。とてもつみぶかい。

頓知の利いた旅人が材料も鍋も何も無しの完全なる「無」から、遠い未来の俺すらも魅了するスープを作るんだぜ。魔法。こんな楽しいことあるか。知恵のある人って本当に面白い。

さっき調べたところ、どうやらこの話は宗教・偶像・信者・寄付金を簡略化したものとして描かれたらしい。なるほど言われてみれば、と膝を打った。思ったよりも説教くさいテーマが底に眠っていた。

この話が大好きだ。