心臓が止まったので虫歯で死ぬ。

幼稚園うめぐみの夏、友達が太陽の下で盆踊りの練習に励む時分、私は一人病院のベッドの上にいた。

私は「先天性心室中隔欠損」という心臓病を持って生まれた。教科書の心臓の図を思い出して欲しい。心臓は2つの心室と2つの心房で成り立っている。私の心臓には二つの心室を隔てる壁がなかった。

新鮮な血液と全身を巡った血液が交ざり合う「心房中隔欠損」と違い、心室の壁がなくても意外と人体に影響は無いらしい。人間の身体というのは案外適当に作られているのだな、と幼心に思ったことを覚えている。

しかし、「あの時手術しておけば」と思う事態が起こらぬように、という両親の意向により私の手術は決定した。

一度目の入院は幼稚園の年少だった。心室の穴のサイズを調べるために脚の付け根にある太い血管からカメラを入れた。らしい。麻酔に罹っている間に全て終わっていた。目が覚めたら自分の右足は天井から延びた金具に固定されており、更には分厚い包帯が巻かれていた。得体の知れない気味の悪さを感じた私は全身でのたうち回ったが金具はピクリともしなかった。あとで聞いたところに依るとあの時に脚を心臓より下にしたら注射跡から止め処なく血が噴き出したらしい。金具を固定した看護師に感謝だ。

二度目の入院で心臓の穴を塞いだ。胸を開き肋骨を切断し、心臓を取り出す。血管を機械に繋いで全身の機能を失わないようにして、心臓を切開し穴を布で塞いで縫い付ける。この時使ったのは馬の粘膜だった。らしい。「メロンの香りがしまーす」と唆された私が目を醒ました時全ては完了しており、だだっ広い部屋にポツンと一人だった。

部屋や自分の胸部の切開跡の観察を楽しんでいた私は、自分がたまらないほど水分を欲していることに気づいた。何か水は無いものかと周囲を見回し、ベッド脇に少量の水が入ったキセルのようなものを見つけた。たまらず手を伸ばし一息で吸い込んだ。

もう少しだけ、という願いが通じたのか、どこからともなく看護師さんが現れて水差しを取り替えてくれた。彼女は新しい水にすぐさま手を伸ばす私を見て「次は一時間後だよ」と言い残し去っていった。

1時間後、彼女が現れたとき私は水差しを口に咥えていた。絶望した私は一計を案じ、時計の針が一回動く度にごく少量の水を飲む、という作戦で渇きを凌ぎ切ったのだった。看護師のお姉さんは笑っていた。「じゃあまた一時間後ね」

その戦いは一晩中続いた。一晩で終わってよかったと思う。いつまで続ければ終わるのかわからない私は「絶対死なない」とだけ念じて、一心不乱に水差しを咥えて両親との再会を願っていた。

翌朝、唐突に出された味の薄いフレンチトーストを頬張っているとき、ひょっこりと顔を出したのはあれほど待ち望んだ両親だった。しかし何故か「お、来たか」くらいにしか思わなかった。両親もその時のことをよく記憶しており、今でも「なんか余裕あってびっくりした」と話題に上がる。

一週間の検査入院を終えて私は退院した。退院するときに聞いた手術の詳細は現実味がなく理解できないものも多かった。ただ一つ「君が虫歯になって運が悪いと死ぬよ」と言われたことだけは理解した。

死ぬのは嫌だなー。かっこいいランドセル買ったし小学校は行きたいなー。などと考えた。歯みがきがんばろうと思った。

 

小学校二年生の時、初めて虫歯になった。頭をガツンと殴られた気がした。死というものが初めて身近に感じた。死にたくない。

幸い、その時はなんともなかった。その後10回くらい虫歯になっているが、私は今生きている。私が筋金入りの楽天家である事はこういったエピソードに根付くかもしれない。

 

「携帯の充電ない」「なくてもいいだろ、別に死ぬ訳じゃないしw」という会話を最近耳にした。後者の会話を続ける能力があまりに低くて腹が立つ。しかし、私も自分のことになるとこのような思考回路を形成することがままある。

別に携帯の電池が切れたって死なない。そんなことより俺は虫歯になる方が怖い。俺は幼稚園の頃から虫歯の距離感で死が在ったんだ。年季が違うぜ。

 

先日、奥歯が欠けた。十中八九虫歯だろう。死にたくないな、きっと大丈夫さ!自分にそう言い聞かせて歯医者に電話を掛けた。今日も生きてく。